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インタビュー・コラム自分の人生だからこそ直感に従う。大手企業から社員50名の地方中小企業へ。

INTERVIEWS

自分の人生だからこそ直感に従う。大手企業から社員50名の地方中小企業へ。

金原 竜生さん(明和工業株式会社 海外事業部 プログラム・マネージャー/知財委員会 委員長/国内営業新規開拓担当)

2017年4月にYOSOMON!を通じて転職をされた方の1人である金原竜生さん。京都の大手電子部品メーカーにて5年間勤務し、今年の4月から石川県金沢市にあるバイオマスに力をいれている明和工業株式会社の海外営業担当へとキャリアチェンジされました。

大手企業の海外営業担当から、社員50名の中小企業への転職。周りからの期待や反対もある中での今回の転職のきっかけや決断の決め手、実際に転職して感じたこと、そしてこれから目指していることについて伺いました。

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【花形の海外営業部。自分中心で進められずに感じた違和感】

――まずはこれまでの経歴についてお聞かせください。前職は京セラ株式会社にいらっしゃったんですよね。

金原竜生(以下敬称略): はい、大学を卒業後、新卒で入社しました。元々、海外のビジネスに携わりたいと思っていて、ゆくゆくは海外駐在として現地のお客さんとやりとりのできる営業を目指していました。 入社当初は国内営業を、それから海外営業部に移り、主にヨーロッパ営業を担当していました。海外営業部に移ってからの主な業務は営業支援と戦略作りでした。外国人と日本人出向者がいる現地法人がヨーロッパにあり、そこの営業がお客さんの要望を聞いて、具体的な提案をするのが私たち海外営業部の仕事でした。抽象的な要望を具体的に落とし込み、社内の製造技術者とのやりとりを通して提案をまとめていくという営業スタイルでした。

――海外の営業担当というと一般的には花形で、順風満帆のような印象を受けますが、実際にはどうでしたか?

金原: 当時、やりたい仕事はできてはいたのですが、100%ではなかったんです。案件を進める上で、最終的に一番の決定権を持っているのは現地の営業なので、自分中心で進めることができないことにモヤモヤとしていました。 このモヤモヤ感は、入社3~4年目に初めて行った海外出張をきっかけに抱くようになりました。現地のお客様ともやりとりをしたのですが、その後のフォローをするのは現地営業なので、その場で私が提案した通りには進まず、「なんで、あの時、自分が出張に行ったんだろう」と思うこともありました。 また、現地法人にも彼らの考え方があるのでぶつかることもありました。そういう時、折り合いがつかないことが圧倒的に多かったんです。そうなると決定権は向こうにあるのでそういう時にもモヤっとしていましたね。それが転職を考えるきっかけでもありました。

――なるほど。狙い通りのキャリアを歩みつつも、そういった違和感を抱かれていたんですね。

【「アフリカ、現地開拓、新規事業、金沢」が引き金に】

――YOSOMON!に応募されたのは2016年の9月ですが、それまでにも転職活動は何かされていましたか?

金原: YOSOMON!に応募するまでにも、ウェブサイトを見たり、転職サイトに登録したりはしていました。具体的には、青年海外協力隊、地域おこし協力隊、そして中小企業の3つ軸で次のステップを検討していました。

――転職先の明和工業株式会社は元々ご存じだったんですか?

金原: 知りませんでした。明和工業については、元々知り合いだった担当コーディネーターの仁志出さんがFacebookで求人を紹介していたのを見て初めて知りました。求人を読み進める上で、「アフリカ、現地開拓、新規事業、金沢!」などのキーワードが引っ掛かり、ここだ!と思ってエントリーしました。

【追われる仕事ではなく作っていく仕事】

――元々は知らない企業だったんですね。簡単に明和工業株式会社について教えていただいてもいいですか?

金原: 明和工業株式会社は、石川県金沢市にある社員50名ほどの中小企業です。主にバイオマス炭化装置の研究・開発・製造に力をいれている、環境関連企業です。

――その中で金原さんはやはり海外関係の業務に携わっているんですか?

金原: そうですね。主に3つ担当していて、1つ目が海外事業部での営業、2つ目が国内での新規開拓営業、3つ目が知財部での業務を担当しています。

――幅広く担当されていますね…!それぞれ具体的に教えていただいてもいいですか?

金原: 1つ目の海外事業部ではアフリカや東南アジアを対象に営業をしています。各国の政府関連機関に自社の炭化装置をPRし、それぞれの国に炭化装置がどのようなメリットをもたらすのかを説明し、受注までの契約を担当しています。

2つ目の国内営業では、国内市場の新規開拓をしています。明和工業では、これまで国内営業で主力だったのは農業系の集塵装置で、ライスセンターなどに営業をしていました。しかし、リソース不足でそれ以外のことはできていませんでした。海外で売ろうとしている炭化装置は国内ではまだ上手く拡販できていなかったので、その専任営業を現在は担当しています。また、凍結濃縮装置(液体の高品質濃縮装置)というものもあり、開発は終わってはいるものの営業展開ができていなかったので、その営業担当もしています。

3つ目の知財部の業務ですが、これは採用当初は担当予定ではない業務でした。明和工業には正式な法務部はなく、総務の方が契約書を見ているという状況でした。そこで、私が法学部出身で、かつ知的財産を専攻していたこともあり、会社のためになるのではと担当に立候補しました。今は知財委員会の委員長のような立場でやっています。

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――本当に色んな役割を担われているんですね。当初想定していなかった業務も担当しているとなると、結構大変ですよね。以前の職場で働いていた時よりも忙しいですか?

金原: 大変じゃないと言ったらウソになりますね(笑)ただ、以前と比べるとそんなことはない気がします。以前は、既存案件で回すルーティンの仕事が今よりも多くありました。すでに成功しているビジネスがあり、お客さんがいる中で業務を行っていたので。 今はどちらかと言うと、ルーティンは多くないです。自分で作っていく仕事が多いのでスピード感は求められますが、仕事に追われるというプレッシャーはないですね。多少なりとも自分の裁量で仕事の配分ができています。

【自分で新しく作っていくチャンスが欲しかった】

――転職を考えられていた際、大企業ではなく「中小企業」を考えていらっしゃったのはなぜですか?

金原: 大企業だと、おそらくシステム的なところはどこも似ているかなと思ったんです。自分で新しく作っていくというチャンスが欲しかったんです。大企業では、1から10にすることはできても、0から1を生み出すことはよっぽどハードルが高いんですよね。それこそ何十年後先、役職につかないと難しい。ただ、それが新しいことに挑戦しようとしている中小企業であれば、より早くそのポジションに就けるのではないかなと思いました。 でも、ここまで大変だとは思いもしなかったです(笑)

――やはり大変ですか(笑) どういうところが大変ですか?

金原: ポジティブに言うと、基本的に思い描いていた通りをやらせていただいています。ただ、入社する前は、「0から1」といっても、全くの0ではなくて0.1、0.2ぐらいのベースはあると思っていたんです。でも、なかったんです(笑)。家の建設で例えると、大企業の場合は建てる土地の土がならされていて固くなっている、それが明和工業では土はならされていなくて、雑草がボーボーという感じでしょうか。ゼロのベースをまずは作って、スタートできるようにしないといけないので大変でした。大変です、現在進行形です(笑)。

大企業にはある程度システムや社内コミュニケーション、データ管理、ワークフローなどが揃っていると思うのですが、それらがほとんどない環境でした。

――ベース作りから始まる0から1。荒れ地からの準備は大変ですね…。そういった前職の環境との違いから、モチベーションが下がることはなかったですか?

金原: モチベーションが下がるときはありますね。あれもこれも足りない。スタートができない。自分が本当にやりたいことをやる前の準備がたくさんあって、思い通りに進まないことに対する焦りや葛藤はありました。

――でもお話を伺っていると、とても充実されているように感じるのですがいかがですか?

金原: そうですね、なかなかない経験ですからね。感覚としてはベンチャーを立ち上げている感じです。整っている環境で0から1をやるのではなく、会社を1から作り上げるんだ、という気持ちでやらせていただいています。なので今は、逆にモチベーションは上がっています。

【人のために生きているわけではない。自分の人生】

――いざ転職をする、という時に金原さんには迷いはなかったんですか?

金原: なかったです。ただ、辞めるということに対して前職の会社への申し訳なさはありました。手塩にかけて育てていただいたというのはあったので。製造や技術担当の方には、数年後には(僕が)駐在に行くだろうという前提で常日頃から色々と教えていただいていました。周囲のその期待に対する裏切りには申し訳なさが大きかったです。

――そういった感情も抱きながら、最終的にどう決断されたのですか?

金原: やっぱり、自分の人生ですからね。周りの方に申し訳なさを感じる一方で、僕はその人たちのために生きているわけではない、と。

――自分の人生だから自分で選ぶ、というのは思っていてもなかなか決断したり行動したりできない人ってすごく多いですよね。でも、金原さんがそう決断できた一番の決め手って何だったんですか?

金原: 家族、ですかね。妻の後押しがとても大きかったです。前職で仕事をしている中で、精神的に落ち込むこともありました。その姿を妻が見て、仕事を変えたほうが幸せなんじゃないかな、と思ってくれていました。それで、YOSOMON!の求人内容を妻に見せたときに、感覚的に僕が楽しそうに仕事をする姿を妻が感じ取ってくれ、「だったら行ったほうがいいんじゃない?」と後押ししてくれました。

僕一人だけで生きていたら、転職も何の心配もしなかったと思うんですけど、家族がいると、その人たちがどう思うのか?というのが非常に重要ですね。その家族が絶対行った方がいい、って言うなら絶対行った方がいいです。

――では、ご家族の方の理解や応援があって決断できたんですね。

金原: あとは、単純に直観です。このタイミングで、こんなに自分にマッチしている企業があるなんて!って。このチャンスを逃したら向こう何年かないだろうと思ったので、だったら走り出したほうがいいと思いました。

【実の両親からの反対。「なんでこんなに言われるんだろう」】

――大学時代は金沢市で過ごされたんですよね。そういう意味でも金沢という地は転職するにあたってポジティブな要素でしたか?

金原: そうですね。ただ、僕にとってというよりも、石川県出身の妻にとってよかったです。京都に住んでいて、子供が生まれたら誰に頼もうかなどを考えたときに、実家に近い方がいい思っていました。石川県だと周りにとってよかったですね。僕としては、たまたま石川県でラッキーだな、くらいでした。(笑)

――京都にお住まいで、誰しもが知っている大企業で、皆から憧れられるような海外の仕事をしているところから、自分も知らなかった地方の中小企業に転職するという決断は奥さんや周りの方から止められたりはしませんでしたか?

金原: 妻や妻の親族はすごく褒めたたえてくださいました。僕がどんなに、「(わざわざ石川県にしたんじゃなくて)たまたま行きたい会社が石川県だったんです」と言っても、「大企業を辞めてまで石川県の中小企業に来てくれるなんて、なんていい旦那さん」というとらえ方をしてくださいました(笑)

――ありがたいですね。逆に、金原さんのご両親の反応はいかがでしたか?

金原: 僕の親族からは相当な反対を受けましたね。あんな大企業に行って、海外営業という花形で、駐在営業の話もあり順調にいっていた中で、「なんで?」と。なんでこんなに言われるんだろうというぐらい言われました。

――最終的に納得はしていただけましたか?

金原: 納得はしてもらいました。転職したい理由もしっかり説明して。親として一番気になっていたのは経済的な部分なので、その面についても家族には迷惑はかけないと説明し、納得してもらいました。経済的な面で、最初の選択肢にあった青年海外協力隊や地域おこし協力隊は、不安な部分があったので最終的には選択肢から外れました。

【業務量は変わらなくても生まれた時間的余裕】

――転職後、働き方や生活面で以前と変わったことはありますか?

金原: 家に帰るのが早くなりましたね。今は20時には完全施錠というルールがあるので、21時前には絶対帰ります。以前は22~23時だったので。あとは、通勤も車になったので比較的時間も自由になりました。

――忙しさや業務量は変わらなくても、時間的には余裕が出てきたんですね。

金原: 自由につかえる時間が増えましたね。それに、定められた時間内で同じだけの業務量をこなしていかないといけないので、処理スピードも以前よりあがりました。

――住まいの環境はどうですか?

金原: 京都はベッドタウンで比較的都会でしたが、全体的に石川県の方がごみごみしていないので住みやすいですね。

【不満を課題として捉える。不満を不満として残さない】

――生活面でも豊かになり、仕事もやりがいがある中で、今の金原さんには不満に感じることなどはありますか?

金原: 現状に満足はしていないんですけど、不満も結局自分次第で変えられると感じています。不満を課題として捉えて、それを解決できる立場にいるということで今はストレスフリーです。

――自分次第で変えていける、と。

金原: はい。不満が不満として残らないですね。以前は、不満を感じたときに、それを仕事で取り返せなかったのでプライベートで発散させていました。今は仕事での不満は仕事で解決できていると思います。

――とても良いサイクルですね!そういう気持ちで仕事に臨める人が増えるといいですよね。

【一番大事なのは、直観に従うこと】

――金原さんはこれからどういう道を歩みたいと考えていますか?

金原: 基本は石川県をベースにと考えています。元々、金沢という地が好きで、金沢のために何かしたいというのは大学を卒業するときに思っていました。今は仕事の傍ら、NPO活動もやっているのですが、それ以外にもうひとつ本業として成り立つような生業を作っていけたらいいなと思っています。具体的には地域活性化系や観光業などですね。

あとは、今、「中小企業」である明和工業を、「中堅企業」にしていきたいです。いいところを残しつつ、組織的にもしっかりさせていきたいです。「北陸に明和工業という面白い企業があるんだ」という社会的な立ち位置を確立したいです。一方で、北陸は観光でも面白い土地だよね、という話題の中に自分も渦になって携わっていきたいです。そのために、今後は旅行業務取扱管理の国家試験も受けようと思っています。そして、NPOの活動も含めて携わっていけたらいいな、と。

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――ライフとワークの融合、ですね。最後に、今の仕事や状況に違和感を抱いているビジネスパーソンへメッセージをお願いします。

金原: 例えば独身の方など、自分で決定できる状況の方であれば直観的にいいと思ったら行った方がいいです。長いキャリアの中で、地方中小企業に行ったからと言って死ぬわけではないので。家族がいる方は、どこで折り合いがつけられるかを家族と話し合って理解を得た上で進んでほしいと思います。ただ、やはり一番大事なのは直観に従うことですね。

――金原さんのように、直観に従ってチャレンジし、自ら道を切り開いていく人が増えるとよいなと感じました。本日はありがとうございました!

PROFILE

金原 竜生さん(明和工業株式会社 海外事業部 プログラム・マネージャー/知財委員会 委員長/国内営業新規開拓担当)

1988年愛知県生まれ。2009年から1年間のドイツ留学を経て、2011年金沢大学法学部法政学科学士課程修了。京セラ株式会社ファインセラミック事業本部の国内営業に1年半勤務、海外営業(欧州営業)3年半勤務した。本業の傍らで、2016年6月よりNPO法人World Theater Project(WTP) に加わり、途上国への映画配達事業に貢献している。2017年4月に転職をし、現在は明和工業株式会社の海外事業部にて、アフリカや東南アジアをはじめ国内外への営業を担当している。同時に、WTPの北陸支部を設立、代表を務める。

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